※概略を記載しますので、詳細は、リンク先を御覧下さい。
皆様、初めまして、ユッキーと言います。
1980年代、兵庫県姫路市に、3人兄弟の長男として、生を受けます。
当時、曾祖母、祖父、祖母、父、母の家族構成で、代々から続く家系で、神仏的なものには、違和感を覚える事無く、自然豊かな環境の中で育ちます。
棒を振り回し、あちこち叩き回る、パンは食べ散らかす、シャンプーは流す…etcといった、限りなく悪戯をしていたとの事。
反面、内気な性格もあってか、近所の子と遊んでも、ガツガツと表に出る方では無く、何処かに行く時は、よく祖父の後を付き回っていた記憶があります。
さて、保育園卒業時、書いた卒業文集には、イラスト付きで、パイロットになりたいと書き、小学時代、近所の公園の滑り台で遊んでいた時に、直接、太陽を見ていると、目の中に何かが飛び込んできて、咄嗟に取ろうとしたが取れずに、そのまま放置する出来事もありました。
また、小学高学年の頃から聴力が悪くなり始め、高校3年時には両伝音性難聴、耳硬化症の疑いと診断を受け、現在も、同じ状況が続き、常に、耳鳴りが起こっている状態ですが、日常生活を送る分には支障をきたすものでもありません。
性格面では、中学時代までは、ほとんど変化は無かったように思うが、それなりに、嫌がらせを受ける事があり、上半身に怪我をする事が多く、小学4年生の時、当時、飼っていた飼い犬に、些細な事がきっかけで、目の下を噛まれ、数センチずれていたら、片目は失明していたという事もありました。
中学時代、成績の方は下から数えた方が早かったが、将来、語学関係の仕事がしたいと思うようになります。
市内の私立高に入学し、良き友人にも恵まれ、勉学に励む中、1~2年生頃、体調を崩し学校を休んだ時に、人生の転機となる経験をします。
第二次世界大戦末期に、日本軍が行っていた、神風特別攻撃隊の一員となり、戦闘機を操り、編隊を組み、敵の軍艦(艦船)に体当たりをする夢を見た事を通し、生きるとは何か、死ぬ事は何かを考えるようになり、夢の中で出てきた事が事実なら、本当の事を知りたいと、催眠療法に辿り着き、それを使って、癒していきたいと思うようになります。
その流れもあってか、心理学を学ぶ為に、関東地方にある大学へと進みますが、学問、サークル(混声合唱)、学生が集う相談室等を通し、数多くの友人に恵まれ、それなりに、充実した日々を送る傍ら、自身の見た夢の意味を問います。
やはり現実を見るべきだと、公務員の予備校に通い、公務員試験や就職試験を受けるも、芳しい結果とは言えず、就活の流れに上手く乗れず、地元に戻りつつも、特攻隊の夢を探るべく、催眠療法を受けたのを皮切りに、スピリチュアルな世界へと入っていく中で、眼鏡屋、郵便局、公務員(臨時)、営業、移動のパン屋等と、職を転々とします。
紆余曲折あり、今では、宇宙語セッションやオラクルカード、霊氣ヒーリング等を通して、気付きや癒し、その方が歩む、何かしらのきっかけや、一歩を踏み出す後押しへと繋がっていくよう、サポートさせて頂いています。
誰かを助ける助けないに関わらず、癒しや占いを行う、その一空間が存在する事で成される事は、何にも変える事の出来ないものです。
チャネリングやレイキ、クリスタルヒーリング、占い、宇宙ヒーリング等を用いて、一人でも多くの方の心に寄り添い、前向きに明るく、日々の生活を楽しむ事が出来るよう、御手伝いをさせて頂きながら、SNSやブログを通して、セミナーやワークショップ、イベント等に参加し、常に新しい情報を入れ、人や物の幅を広げています。
御縁に感謝